雪の日は さむい
父が永遠に会えない場所へ旅立って4年、富士の見えぬ曇天、夜は父の嫌いな雪の予報
— にじかた ゆきゅ (@myaumatumo) 2025年3月8日
見せまいとする意志だと己の所業を反省し心の富士を拝む
梅は散り桜はまだの季節、開きかけた沈丁花の微かな香にも身体が合成香料と誤解し緊張する
このMCSがなければ何か変わったのかと無意味な問答を只々繰り返す pic.twitter.com/J0Nmnypicl
2021/3/8からもう4年
父を思い出さない日はほとんどない
思い出の何かに遭遇した時
まだ自ら音楽を聴くことが出来ないと感じた時
情けない生活を実感している時
何でまだ自分は生きているのかと思う時
仏教では
1年目の 一周忌の後
2年目の 三回忌
とんで
6年目の 七回忌
3-5年目の年忌法要はなく
祥月命日の供養をする
それは仏教でのお話
他宗教、無宗教ではこだわらないか別の考え方がある
現代の日本では
葬儀を特定の宗派で行わない場合
殆ど仏教で弔いをすると思われる
お墓が寺にあるのなら
仏教のしきたりで葬儀を行い、法要を行うから
私の時代では当人が仏教徒でなくても
1周忌、3回忌
と言うのが当たり前だった気がする
忌引き
も会社の休暇制度の名称として用いられるが元々は
忌中
からくる言葉なので仏教用語だ
法事
これも仏教用語だが会社でも頻繁に使用される
神道では 霊前祭もしくは 霊祭(みたままつり)
キリスト教では 追悼集会・ミサ
と呼ばれるが、無宗教の場合は何と呼べばいいのだろう
私は説明が面倒なので、対会社的には法事で通している
家族と連絡を絶って久しい私は
父がどのように弔われたのかを知らない
どこにお墓があるのかも知らない
聞いたところで行かれなかったという理由もある
電磁波と柔軟剤のない長距離移動による墓参など
今の日本には不可能だから
父は考え方や美術として
宗教に興味を持っていた
だから
大乗仏教、小乗仏教の違い
キリストの復活
仏像の美
聖書にちなんだ歴史本…
各宗派取り混ぜて私に話してくれた
それは母のような
考え方の押し付けや受入れの強要ではなく
興味を持ったことの話をする
というだけだった
キシリトールガムという歯科にとって大変画期的な商品が出来たんだよ
映画「ロビンとマリアン」でショーン・コネリーの頭頂部をはっきり映像にだしたのは今までのボンド像からの決別、カッコよさの種類の転換として象徴されるシーンだ
はたはたは昔は沢山とれて下卑た魚とか言う人もいたけ今では高級魚なんだよ
メーテルのあの、憂いを帯びた横顔がとても好きなんだよな
雪の日は寒いっていうけど、雪が降る所では雪の日は暖かいんだよ…
このような
日常会話や自分の思ったことや、単純に知らせたいと思ったことを伝えるように宗教の話をした
そんな父の4年目の3月8日
一般的な日本では、仏教用語である「祥月命日の供養を行う」と呼ぶだろう
会社に私の考えや家庭環境を詳細に伝える義務はないし面倒なので
私も周囲にはそのように伝え
私だけで父を偲ぶ
あれから4年
なぜ父より先に私がいかなかったのかを問いながら
私の事は見守らなくていいと願いながら
雪の日は寒いっていうけど、雪が降る所では雪の日は暖かいんだよ
今日の夜は霙と雪になる予報
ここは東京、普段雪が降らない所
だから
今日の夜は寒く凍える
