父の雑学…電車に乗ることがなくても時折思い出す いきもののはなし


昭和35(1960)年の20歳男性平均身長:161.1
昭和40(1965)年の20歳男性平均身長:164.9
ハリソン・フォードと同い年の父
当時の成人男性にしては背が高かった
デパートではぐれても
頭一つ飛び出した父を追うことは容易い
幼い私は常に父を見上げていた
20歳になった私の背は160を超え
成人男性の平均身長も高くなったころ
平成2(1990)年:171.3㎝
二人で電車に乗った
二子玉川で大井町線に乗り換えた時
田園都市線溝の口駅延伸は2009年7月11日
父が教えてくれたのが
つかまるものが無い時に車内でふらつかない為の体勢
だった
私はもう120㎝の小学生ではなく
ローヒールのパンプスを履く
それでも
父を見上げてその雑学を聞いていた
成人して社会経験も増えた
見上げる角度も変わった
それでも父を仰ぐのだ
時が立てば人は老いる
背も丸くなり
情報のアップデートが難しくなる
いつか
父の顔を見上げるではなく、頭頂部を見下ろす方が多くなるかもしれない
父よりも事態を迅速に判断できるようになるかもしれない
もしかしたら
臥位が常となり、背中さえ見ることが少なくなったり
父の代わりに判断せねばならなくなったりするかも
そんな恐怖を抱いた10年前の私
そんな現実
とうとう目の当たりにすることはなかった
電車の乗ることが困難な私は
ベッドで横になり
穏やかな笑みを浮かべていた父を見下ろすこともなかった
だから
父、とは
永久に仰ぎ見る存在
なのだ
物理的にも
精神的にも
永遠に…
三年以上やっているのに知りませんでした(オオウ
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