真ん中っ子の話を発端に 親は笑顔と怒り顔の下で苦悩していることを思い出した いきもののはなし
真ん中っ子は辛いよ?
この記事のきっかけとなったマンガ
(1/2)イヤイヤ期かと思っていたら愛情不足でした【長女3歳の時】 pic.twitter.com/tMwDgma0oh
— オニハハ。@絵日記ブログ (@onihaha007) 2022年10月23日
みゃうまつもは真ん中っこ
みゃうまつもは 第二子
第一子 女
第二子 女 1歳差(みゃうまつも)
第三子 男 3歳差
第四子 女 7歳差
真ん中の子は色々損するよなあ
とずっと思っていた
これは10代までの感想だ
その後は具体的wに
年齢、性別の組み合わせがアレなカードだったから
損せざるを得ないだけだったんじゃね?
と考えるように
真ん中だから絶対に損をするわけではないかもだし
家庭によっては末っ子や第一子が辛酸をなめる
みゃうまつもは
✖唯一の男→男の子だけね の対象外
✖第一子→お姉ちゃんだけね の対象外
✖末っ子→たまには一番下の子に の対象外
✖紅一点→女の子一人だから の対象外
あらゆる選択肢の対象外だ
そして今は…?
真ん中っ子症候群(ミドルチャイルド・シンドローム)~?なにそれ?
最近聞いた単語
真ん中っ子症候群
真ん中の子は親から後回しにされがちで
その影響が身体や精神に出ることがあり
それらを「症候群」と称されることがある
ようだ
ようだ
というのは
真ん中っ子症候群という言葉自体が
不確かな存在ぽくて…
「愛着障害」は沢山見つかるが
お医者さんがはっきり
「真ん中っ子症候群」を扱っている文書が見つからなかった…
(英語論文は無理ですごめんなさい)
この名称だけが
素人さんの間で独り歩きしているようでちょっと気持ち悪いが
そんなことより(ヲイ
みゃうまつもは思う
真ん中っ子症候群
って
真ん中っ子には意味がないのでは?
ちなみに症候群について
精神医学領域では,症候群がその時代の社会的病理現象を示す用語としても用いられることがある(燃え尽き症候群,ピーターパン症候群など)。これはもちろん医学の病名とは異なる。
さらに心身の症状以外でも使われる
真ん中っ子症候群という名は誰の為?
「真ん中の子だから云々」とかは
兄弟が出来た時に親が事前に気を付けるためのキーワード
=親側に必要な情報
であり
目下悩み中の子が欲しい情報は
「真ん中の子だから云々」ではなく(真ん中なのは覆らないし)
「解決法」だと思われるので
=解決には至らない情報
悩み中の子には不要な情報
なのでは?
真ん中っ子症候群という名と内容は
・先に子が知ることに利点はない(むしろ傷に)
・親がアクションを起こすためのツール
愛着障害を防止するために使われなければ
親との関係に悩み中の子には意味がない
防止ではない例
①先に知るのが子供の場合
原因の一部が判明するだけだから
解決どころか逆効果「じゃあ手遅れじゃん!」と落ち込むとか
②子供の情緒に影響が出てから親が知る場合
もし十分に影響が出てしまっていたら?対処が間に合えばいいが…
何故そう思うのか?というと
自分は何故こんなに後回しにされるの?
「お兄(姉)ちゃんだから特別」とか
「末っ子は我慢できないだろうから特別」等の優遇される文言はよく聞くけど
「真ん中の子だから特別に」といわれたことがないのは何故?(みゃうまつも実体験)
『このような
間に挟まれた子の疑問や苦悩はあなただけではなく
真ん中っ子症候群という名前もあるように 性格、心理等に影響を及ぼします』
…的な事を
読んだり聞いたりした中間の子が
自分だけじゃないんだ良かった~
と安心する…
わけないじゃん
当時に知ったら
じゃあ何しても無駄なの(絶望
って落ち込むわ!
(小学生の時次女は損すると聞いた時以上に)
子供が「真ん中っ子症候群」を知ったからと言って…
①子供からアクションを起こすのはほぼ不可能では?
②万が一そうでなかったとしても該当すると思い込んでしまうのでは?
理由①子供からアクションを起こすのはほぼ不可能では
…だから救いにはならない
子供がその情報を入手し
内容を理解できるようになるのは何歳?
少なくとも2-3歳ではなかろう
それまでに何年も
そういう育てられ方(接し方)をされてきたのなら
その長さの分
解消も難しいし手遅れかも
その家固有の育て方が長く染みついているから
解決方法も各家庭ごとに全く違ってしまい
ネットの一般的な情報だけでは無理かもしれない
万が一子供が内容を読めたとしても
『こうなったのは真ん中の子であるあなたのせいではなくて
養育者からあなたが受けた(受けなかった)対応のため』
…という事がわかるだけだし
親に向かって
「…という訳なので今から改善を試みたい 無理なら医師に相談しましょう」
と申し出る行動力…あるか?
(更には愛着障害の子は親に言い出せる程 親を安全基地としては見ていない可能性もある)
理由②万が一そうでなかったとしても該当すると思い込んでしまうのでは
実はこれとっても怖いと思うんだが?
例えば
親との関係に悩む時に
真ん中っ子症候群
という単語を知った子供がいたとする
①症候群について調べる(読む)につれ
自分に該当しないことまで実体験として誤認識してしまったら?
(認知バイアスの一つ「虚偽記憶」)
②自分に都合のいい(悪い)情報だけ記憶に残したら?(真ん中っ子だから不幸、親が放置するから不幸ということ「だけ」ピックアップ)
(認知バイアスの一つ「確証バイアス」)
大人だってそういう傾向あるのだ 子供などもっと強く作用する…
実際は別の原因があった場合でも
真ん中っこ症候群「だけ」に固執してしまう
そうすると
すべてのことが 自分が真ん中の子だから で終了してしまう
その子がもし
そこで諦めてしまったら?
・一度だけのすれ違いだったのに 症候群名に飛びついて関係修復を諦めてしまったら?
・諦めた結果の態度が親に誤解され、要らぬ問題を増やしてしまったら?
・諦めた結果、ならなくてもいい自暴自棄になってしまったら?
・実は別の原因(適応障害など)だったのに、適切な対処を施せなかったら?
自分に置き換えてみると
こんな結果しか見えず
子供が先に症候群名を知る事に
不幸しか想像できない みゃうまつも
子供の頃にITが進化せず本当によかった
未熟な理解力で情報を誤認識せずに済んでよかった
煽る偏る情報に踊らされずに済んでよかった
子より先に気づいて対策するために使えれば!
親にとっての「いい子」
空気を読み
放置しても(現時点では)問題なく
自分(親)のストレスにならない子は
実際には
いい子 ではなくて
(自分(親)にとって)都合のいい子
自分(親)に不都合を生じさせないから
「それ(都合のいい子)」が異常であることに親は気づかなかったり
ぼんやり感じてても後回しにしたり…
早期に気づいて行動してくれる望みは薄い
上記のTWマンガのように(状況は違うが)
第三者が気づいて親に促してくれる奇蹟はそうそうない
でもそれって会社でもないか?
で、そういう時そろって皆
だって文句言わないから とか
こっちも忙しくできる人に任せちゃう
とか言い訳する
「NOと言えない人が悪い」以前に
「NOと言えない性格に育った」とか「後回しにした上フォローしない性格に育った」からなんじゃないのか?
まあ、経験済みみゃうまつもはそんな社会の理不尽もう慣れたぜ!
気づけたとしても それは
わかりやすい異常行動を子供が起こしたときかも
それは修正可能な時期かもしれないし
対処不可能な程 年月を経てからかもしれない
ご自身も次女である方が
娘の様子に自身で早期に気づき行動した内容が書かれてあります
その経緯と接し方の他
みゃうまつもが一番感銘を受けたのはこの文章
きょうだいが多ければ多いほど、ひとりひとりに寄り添える時間は限られるし、誰かが我慢をしなくてはいけない場面も多くなります。長女だから次女だからといった話ではなく、今後は子ども達それぞれの気持ちに寄り添えるようにしたいと改めて感じました。
長女だから、長男だから、次女、末っ子だから ではなくて
嗚呼…本当にそうなのだ…
でもさ
ネットで情報が半ば強制的に入手できるんなら
「親だって簡単に子育て前に知ることができるよね」?
いやいやいや
大抵の人は
ネットで情報を得るのは
対処(事が起こって=子供に何かあってから)だ
予防(子育て前)ではなくて…
入手は容易でも 玉石混合情報の上に
「起こる可能性全て」と
「それらの予防策全て」を事前に調べ上げるなど
不可能では?
だって 子育てだよ?
自分たちの世話にさらにプラスされるんだよ?
そのための体力と精神力と時間はどこから来るの?
親になったら急に
知力と体力と精神力が神並みになるわけじゃないよ?
第二子の子育てより前に
誰かに真ん中っ子症候群のアドバイスをされたら
それを調べて我が家に合った対策を考える
真ん中っ子症候群 には
そんな使われ方をされてほしい
親は辛いよ!
子育ては本当に大変だから~24時間365日稼働
始めに
自分の子を育てたことはない
甥と姪のお世話を手伝っただけ
自分より弱いもののサポートという意味なら
盲目の猫を飼った
病棟でボランティア活動をした
それだけだ
育児に意見を言える立場ではない
でも
育児の苦労を
命を育て、預かる恐ろしさを
全く知らないわけではない
そんなみゃうまつもが思う
子育てと自分の親について…
子育て
というのは
24時間365日 自分以外のために神経を使うこと
みゃうまつもは昔
ホテル勤務をしたが
無謀にもそれと比較した
同じなのは
365日24H常にアクシデントに身構えて目が離せないという点だけ
①自分と同じ仕事内容を知っている従業員との交代制(曜日も時間も)
→実母等が交代してくれてる家庭でも曜日時間のシフト制は非現実的
休ませてもらっても「休みは当然の権利」と考えて休む人はいないだろう
②急病で欠勤の場合、自分の仕事を知っている他の従業員に(負担はかけるが)何とかしてもらいゲストを不安がらせない
→子の体調・体質・性格・個性 全て知っている&子が不安にならない代理が
事前研修なく当日すぐ不安なく何とかしてくれるなど無理
③通勤時間&帰宅後の時間は「職場にいなくていい」
→仕事場も休憩場所も逃げ場所も全部同じ自宅で
気持ちの切り替えができない
これは「仕事を自宅に持ち帰る」比ではない上 もう時間外業務しない!とスマホの電源を切って無視!も出来ないのが育児
④作業内容も専念する時間も自分にゆだねられている(勤務時間・業務内容の固定など)
→自分をケアする時間も、育児の時間も子次第、新アクシデント多発
予定が立てられずきつい
作業中にお客様に世間話されて業務が進まない時よりも辛い事→家のどこにいてもトイレに入ってても何か起こると対処
*上のホテル事情は25年前の話だし、会社や家庭で差があるし、介護施設や入院棟のある病院等なら当然話が変わってくる
実体験によるザル比較と
親戚の赤子の世話をしたときの苦悩
…と赤子の姉(小学生・第一子)の手際の良さに感じた敗北感と申し訳なさ
を総合して出た結論は
親に文句言えない
みゃうまつもの母は
仕事に、育児に、家事に
きちんと向き合っていた
楽をする/手を抜く という言い方はおかしい
罪悪感を持たせる言葉だ
自分が崩壊しないように
簡略化したり、外注したり、翌日に回したりするのは
生きる術・コツであって手抜きではない
「今は紙おむつやベビーフード、乳母車があるから楽よね」
昭和一桁世代に言われただろうが
子育ては他者や他の時代との比較ではない
もっと重要なのは
作業時間を短縮させる機器/技術が発達するのと同時に
今迄は問題ないと思われていた行為が
医療/行動生理学/技術革新によって 危険/無意味だと判明したこと
今迄はなかった作業をする時間が必要になる上
母や祖母の常識と対決する精神力に加え、新知識は自分で集めねばならない
これらによる「やってもやっても時間が足りない」感は
時間どろぼう(モモ)と契約したのかと思うほど…
2023/09追記
2023/8/31 食器の共有と虫歯の原因菌感染について日本口腔衛生学会から「日々のスキンシップを通じて親の唾液に接触するため食器共有の前から口腔細菌感染は怒っているので気にしすぎる必要はない」等の情報が発信されました
「親子で食器を共有したら虫歯菌がうつる?」に新常識!! — おかだ歯科クリニック
本当の
手を抜く
とは
自分の娯楽時間のために
子供に目を向ける時間を殆ど費やしてしまう事だと思う(私見)
みゃうまつもの母は手を抜かなかった 絶対
【参考】~今は母の時代より更に変化している
祖父母と子育て世代で子育て常識が違うこともあります。そのギャップをマイルドに埋められればと、資料を作りました。子育てをお願いするとき、もしくはお手伝いするときのご参考になればと思います。
— 教えてドクター佐久@無料アプリ配信中♪ (@oshietedoctor) 2021年1月29日
まずはVol.1
・子育ての先輩へ
・現役の皆さんへ
・起こりやすい事故と予防
ツリーに続く・・。 pic.twitter.com/xvaUuEiRk0
40を超えようやく
育児を放棄しない母だったと理解できた
だから 何も言わない 言えない
むしろ接し方が情緒に影響を及ぼさなかったら
放置されてても良かった
と思うほど
あの頃母は必死に生きていた
親だって普通の人間
みゃうまつもは真ん中っ子
第一子として特別視されず
長男として優遇もされず
紅一点でちやほやされることもなく
生意気盛りのガキ共に祖父母や両親が飽きた頃に生まれた 寵愛を受ける女児でもない
若草物語のように4人同性だったら
違っていた?
全員の年齢差が均等であったなら
違っていた?
夢想をしても実際はそうではなく
母の苦労を慮ることができなかった幼いみゃうまつもは
第一子との差に
唯一の男児との差に
年の離れた妹との差に
勝手に傷ついた
自分はいらない子だ
中間の子になる弟は
長男で唯一の男子なので
みゃうまつもより被害がない
女-男-年の離れた女
みゃうまつもがいなければ
まさに理想の兄弟構成だ
次女だった祖母に
「次女というのは損をする運命」
とフォロー(?)された
でも母も次女だった
みゃうまつもは
祖母の言葉に慰められもしたが
母への疑問もわいた
何故 母も次女なのに私の苦悩に気づかない?
子供だったみゃうまつもは
寂しかった
悲しかった
辛かった
絶望した
小5になってねぎらわれたが
手遅れだった
中学になって頼られたが
裏があると疑った
高校生になっておだてられたが
信用できなかった
卒業式の数日後
諦めた
大学の入学式
謝られたが
もう心に響かなかった
確かに家庭には愛も笑顔もあった
仲の良い家族とみられていた
実際絆は強かった
各イベントは互いが家族のために奔走した
けど
みゃうまつもは諦めていた
そして今
子がいてもおかしくない年になり
子育ての経験はないものの
親の苦労を知るくらいには人生経験を積み
そこで本当に気づく
人生これだけ大変なことがありながら
更に4人の子を育てていた母は
さぞかし辛かったことだろう
不機嫌な時のため息も
空気を読ませる行動も
裏を理解させる言動も
忖度を求める言動も
八つ当たりの行動言動も
仕方なかったのだ
彼女だって普通の人間なのだから
限界になった母がふと見せる
普通の人間らしさで傷ついたこともある
大きな音や声が怖く
自己否定が過ぎたり
他人が怖くて空気を読むようにもなった
でもそれは育児放棄の有無とは別の問題
今は完璧主義、自己肯定感の低さ、ネガティブな人格は
育てた親のせいだけではない と考える
根拠もなくもう治らぬ事を責める年ではない
自分の親を客観的に見る という境地
自分の親を
1人の人間として見る
親離れできないと
たどり着けない境地
みゃうまつもが
親とて1人の普通の人間なのだ
と考えたのは
高校卒業時
母の言動に納得できず
親に頼るのを完全に諦めた時
親だからと言うだけで
盲目的に信じたり従うことをやめた日
親に敬語を使い
頼み事は減らし
バイトを始め
距離を置く
まだ若く
諦めから発生した考えだった
それから数十年
40歳で親の苦労を実感し
50歳手前
未だに自分は不要な子だとの自覚は持っているが
諦観や恨みだけでなく
後悔と申し訳なさを含んだ心情で
ようやくその境地にたどり着いた…
今回のTWのマンガは
思い出させてくれた
真ん中の子が陥りやすい愛情不足
についてではなく
みゃうまつもの母は
自分にできること全て 私たちにしてくれた
という事と
笑顔と怒り顔の裏で 子供たち以上に苦しんでいた
という事について